ここ最近、スタートアップの資金調達手段の一つとして、J-KISS型新株予約権をはじめとするコンバーティブル投資手段というものが聞かれるようになりました。
投資家サイド、発行体サイド、アドバイザーサイドといったそれぞれの立場で論点や留意点がそれぞれ異なり、すべてを検討すると膨大になりますので、本稿では司法書士目線で、主にリーガルの観点に絞って、論点やポイントの整理を試みます。
1.J-KISS型新株予約権とは
米国では、大手アクセラレーター(起業家、一般企業の新規事業部門などの成長を促進するための団体)がSAFE(Simple Agreement for Future Equity)やKISS (Keep It Simple Security)といったコンバーティブル投資手段の契約雛形を提供しています。J-KISSとは、米国のKISS型を参考にしたもので、日本の団体が作成した契約雛形も存在します。
2.コンバーティブル投資手段とは
コンバーティブル投資手段とは、「投資家が株式取得に先立って資金供給を行い、将来企業価値評価の正確性が高まったタイミングで株式転換を行うという、新株予約権等の投資手段のことをいう」とされています。(参考:経済産業省『「コンバーティブル投資手段」活用ガイドライン』 p.3)
シンプルな資金調達の方法は、単純に株式や社債を発行したり、融資を受けたりすることです。コンバーティブル投資手段とは、要するに権利を行使することで株式に転換できる(convertible)、すなわち新株予約権や新株予約権付社債等、と理解できます。
3.コンバーティブル投資手段のメリットとは
コンバーティブル投資手段のメリットとしては、企業価値評価の先延ばしをすることにより、シード期~アーリー期の資金調達を機動的に行える、といった点が挙げられています。
企業価値評価を適正に行うためには、専門家によって多数の資料を時間をかけて精査する必要があり、それなりの時間とコストがかかります。特に、昨今は、新型コロナウイルス等の外部要因によって事業環境が急激に変化する可能性もあり、適正な評価を行うのが難しい場合もあります。
余談ですが、資金調達の場面に限らず、M&Aなどでも企業価値評価は必要で、これに一定の工数と期間がかかることを考慮して案件のスケジューリングがなされます。
4.コンバーティブル投資手段の一般的な仕組み
転換価額を具体的に決定せず、算定式と転換条件を決定するのが一般的です。
例:転換価額は①次回増資額の株価(×ディスカウント率)、②キャップの上限値÷完全希釈化後株式数のいずれか小さい価格とする など
※ディスカウント:通常の株価から値引きされた価額で株式転換できる仕組み
※キャップ:株式転換を行う際に、発行体側の株式の価値に上限を設ける仕組み
※完全希釈化後株式数:発行済株式数だけではなく、今後の株式に転換される可能性のある新株予約権、新株予約権付社債などが行使された場合に発行される株式数を含めた株式数
5.会社法上・登記手続上の留意点
(1)発行手続は専門家と確認を
発行会社(スタートアップ側)の株式に譲渡制限が付されているか、また取締役会設置会社かそうでないかなどの状況により、株主総会決議や取締役会決議の要否や決議事項等、手続が変わりますので、注意が必要です。
会社の状況にあわせた発行決議の場合分けを一言で説明するのは困難であるため、司法書士や弁護士に手続きを確認しながら、会社法上・登記手続上必要となる手続きを進めることをお勧めします。
(2)テンプレートの使用
会社法・登記手続の必要書類をまとめた、J-KISSパッケージと呼ばれるテンプレートを民間団体が提供しています。テンプレートの使用は有用と考えられますが、取締役会を置いていない会社(ほとんどのスタートアップはこれに該当すると思います)のものしか公開されていない模様であり、取締役会設置会社の場合や法務局の要請により登記内容を変更する場合には、専門家への相談が推奨されています。上記1.に記載したのと同じ理由から筆者もこれをお勧めします。
(3)登記手続は慣れた司法書士に
司法書士としては、発行要綱については当事者間で合意がなされていることを前提に登記手続をするため、発行要綱の内容について細かく確認をしない(そもそも内容を理解しようとしない)司法書士もいるように思います。しかし、J-KISS型新株予約権の前提を正しく理解している司法書士であれば、要項のミスや矛盾点に気付いて確認ができますので、できればそういった司法書士に依頼をするのが安全と思われます。
(4)都市圏以外の会社の場合には法務局の審査に時間を要することも
稀にですが、地方の法務局においては、新株予約権の発行実務に慣れておらず、法務局での審査に時間がかかる場合があります。この場合、司法書士を通じて、前提を示しながら法務局と折衝する必要が生じますので、スムーズに手続きを進めるという観点からは、やはり実務に通じ、前提を正しく把握できる専門家に依頼をするのが安全です。
(5)登記時の名称
ストックオプションを「第1回新株予約権」、新株予約権等、エクイティ型のコンバーティブル型投資手段(コンバーティブル・エクイティ)を「第2回新株予約権」とすると、新株予約権の名称の記載に一貫性がなく混乱を招き得るため、名称の記載は注意が必要です。
コンバーティブル・エクイティであれば、例えば「第1回CE型新株予約権」などとすることが考えられます。
また、「〇〇社第1回新株予約権」など、会社の名称とともに登記されている新株予約権の例を見ることがありますが、仮に将来商号変更があった場合に、商号変更とは別に新株予約権の名称について変更手続が必要となる可能性が生じますので、商号はない形式で登記をする方が無難と考えられます。
(6)投資家の署名押印は原則必要
経済産業省『「コンバーティブル投資手段」活用ガイドライン』には、米国VCからのファイナンスを受けるケースで、コンバーティブル・エクイティを選択した理由として「米国VCは投資契約を電子契約にて行うことが一般的であるため、新株予約権は登記の際に押印・署名された契約書を要しないことも判断材料となった」という事例の紹介があります。
たしかに、投資契約書自体は登記申請の添付書類にはならないのですが、少なくとも、投資家が引受けの申込をしたことを証する書面(申込証など)は登記申請の添付書類として要求されます。これが電子署名で足りるのは、株主総会議事録等も含めすべて、法務局が商業登記手続に使用を認めている電子署名を付したファイルを用意して申請する、完全オンラインで登記を申請する場合のみです。
冒頭の米国VCからのファイナンスの事例は、米国側が登記手続のために提出する書類が全く必要ないというようにも読め、誤解を招くようにも思われますので、注意が必要です。
(7)発行登記に係る登録免許税
コンバーティブル・エクイティ等、新株予約権の発行に係る登記には、登録免許税が一律で9万円課せられます。商業登記手続きの中では比較的高額な部類の登録免許税ですので、税効果を考えるうえで留意が必要です。
(8)外為法上の手続き
新株予約権の発行段階では外為法上の手続きは不要ですが、海外投資家が参画している場合、行使時の株式の取得の場面において、外為法上の事前届出が必要となる可能性があります。あらかじめ、専門家とともに、新株予約権の発行時に事前届出の要否についての分析を終わらせておくと、行使時に慌てず対応できます。
6.まとめ
J-KISS型新株予約権をはじめとするコンバーティブル投資手段に係る登記手続は、今後確実に増えてくることが予想されます。正しい前提知識をもとに手続きを遂行できる司法書士等の専門家により、迅速な資金調達を必要とするスタートアップの皆様のサポートをする意義は大きいものと考えています。
なお、発行後の新株予約権の管理や、転換時に関するポイントは、別稿で整理を試みます。
7.概要把握に役立つ資料等
経済産業省『「コンバーティブル投資手段」活用ガイドラインについて』
https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/open_innovation/convertible_guideline/convertible_guideline.html
J-KISS パッケージ (Coral Capital)
https://coralcap.co/j-kiss/