1.はじめに
企業法務に係る法律事務手続において、国外の依頼者からの案件を担当するにあたって注意しなければならないのが外国為替及び外国貿易法(外為法)の論点です。特にここ最近は、経済安全保障の重要性が高まっていることもあり、クロスボーダー案件に関し、外為法上の検討は避けて通れない課題となってきています。
また、外為法上の手続きについては、企業法務に係る法律事務所の弁護士においても、手続の細かい点に精通していないことも多く、パラリーガルや行政書士等の事務手続専門家との連携が不可欠と考えられます。
外為法上の手続きについては、当局(財務省・日本銀行)の公開資料以外には有用な資料がない状態が長く続きました。最近になってようやく弁護士が執筆した書籍も出版されるようになりましたが、事務担当者的な目線で解説した資料は少ないのが現状です。
そこで、本稿では、主に手続担当者の目線で、対内直接投資等に係る届出・報告事務についての基礎的な事項につき、概要に絞って、かつ仕事の進め方を意識した解説を試みます。
2.外為法が届出や報告を求めている趣旨
外為法が届出や報告を求めている趣旨は、一言でいえば経済安全保障のためです。財務省は以下のように説明しています。この趣旨を理解しておくと、届出要否の判定などの考え方を理解するのに役立ちます。
安全保障と経済を横断する領域で様々な課題が顕在化する中、政府全体として、経済安全保障の取組を強化していくことが必要となっています。外国為替及び外国貿易法(外為法)では、健全な投資を一層促進しつつ、国の安全等に係る技術などが流出することなどを防ぐため、外国投資家が一定の事業を営む日本の企業に対して一定の投資を行う場合に事前届出を求め、国の安全等の観点から審査を行っています。
外国投資家による投資について(財務省)https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/gaitame_kawase/fdi/20230524fdi_2.pdf
3.対内直接投資等に係る届出又は報告が必要となる可能性のある会社法上の手続
まず、外為法上、対内直接投資等の関係で届出又は報告が必要となる場面を確認します。
外為法上、①外国投資家が、②対内直接投資等を行う場合に、届出又は報告が必要となる場合があります(外為法27条)。以下、①②について順に解説します。
①外国投資家の定義
下記の者が「外国投資家」として定義されています。(外為法26条)
※ここでは平易な表現で記載しています。厳密な定義は外為法26条をご参照ください。
- 非居住者である個人(=本邦内に住所又は居所を有する自然人以外の個人)
- 外国法人
- 外国法人が間接保有する子会社や孫会社
- 外国人が役員の過半数を占める法人等
注意すべきは、上記のとおり間接保有を受けている子会社や孫会社も含まれるという点です。つまり、例えば外国法人が50%超出資する日本子会社であっても「外国投資家」に含まれます。この点は、誤解が多く、かつ見過ごしがちな点であるため、注意が必要です。
②対内直接投資等に該当する取引
主要な例を挙げると下記のとおりです。(外為法27条)
- 会社の株式又は持分の取得
- 上場会社等の議決権の取得
- 会社の事業目的の実質的な変更等に関し行う同意
- 本邦における支店の設置、種類や事業目的の実質的変更
- 一定の金銭の貸付
- 居住者からの事業の譲受け、吸収分割及び合併による事業の承継
③小括:注意すべき取引
以上を総合すると、①外国法人又は非居住者が株主となっている非上場会社が、②国内の会社の支配管理に関連する手続きを行う場合、外為法上の対内直接投資等に該当し得る行為が多く含まれていることがわかります。具体例を挙げると以下のとおりです。
- 設立
- 株式や持分の取得(増資、株式譲渡など)
- 目的変更
- 事業譲渡、吸収分割、合併など
特に、株式の移動を伴う手続は注意が必要です。しかし、株式の移動が関係しない取引(目的変更や金銭貸付)についても、検討を忘れがちですので、注意が必要です。
4.事前届出か事後報告か
外為法上の対内直接投資に該当する行為が予定されている場合、次に確認・検討すべきは事前届出又は事後報告の要否です。
なお、外為法上は、事前の書類提出を「届出」、事後の書類提出を「報告」として用語を区別しています。
(1)事前届出の要否の確認
(ア)要否の確認
対内直接投資の対象となる株式等の発行会社(以下「発行会社」)の事業目的を確認します。発行会社の事業目的に、いわゆる事前届出業種が含まれる場合、取引の実行前に事前届出が必要になる場合があります。
事前届出業種のリストは財務省のホームページ(財務省:対内直接投資審査制度について)から確認可能です。具体的には、「指定業種を定める告示」の「別表第一」「別表第二」、「特定取得に係る指定業種を定める告示」、「コア業種を定める告示」、「特定取得に係るコア業種を定める告示」を参照します。近年は安全保障政策の重要性が高まっているため、これらのリストは頻繁に改定されています。
(イ)スケジューリング
事前届出が必要な取引についてはスケジューリングに注意が必要です。具体的には、事前届出書を受理日から起算して 30 日を経過するまでは、届け出た取引または行為を行うことはできません(禁止期間)。ただし、この禁止期間は短縮される場合があり、実務上は1週間~3週間程度に短縮される場合が殆どです。それでも、念のため、1か月程度の余裕をもって届出ができるよう準備するのが望ましいでしょう。
禁止期間に係るスケジューリングの検討が漏れていると、取引のクロージングができなくなるなど、重要な影響がありますので、特に注意が必要です。
(2)事後報告の要否の確認
事前届出に該当しない対内直接投資等は、基本的に事後報告が必要な取引に該当します。しかし、例外的に報告が不要な場合があります。そのため例外要件に該当しないかを確認します。
例外要件は、対内直接投資等に関する政令3条1項、対内直接投資等に関する命令3条2項に規定されています。多くの例がありますが、例えば以下のものが報告な不要な取引に該当します。
- 株式や持分等の相続又は遺贈による取得
- 事後報告業種の非上場会社の株式取得で議決権比率が密接関係者とあわせて10%未満である場合
5.必要となる届出書又は報告書の準備
対象の取引についての届出又は報告の要否と、類型が確認できたら、届出書又は報告書を準備します。様式は法定されており、日本銀行のホームページで取引ごとに公開されています。
事前届出:日本銀行「届出書様式および記入の手引等」
事後報告:日本銀行「報告書様式および記入の手引等」
原則としてpdfと、excel又はwordのフォーマットが両方公開されています。pdfの方は様式のブランクフォームとあわせて記載要領(記載上の注意)が掲載されています。pdfの記載要領を参照・確認しつつ、書類を準備するのがお勧めです。
6.提出
日本銀行の所定の窓口(記載要領に記載)に持参又は郵送で提出します。
オンラインによる提出も可能です(但し事前登録等の所定の準備が必要です)。
7.有用な資料
外為法及びその関連政省令は、条文の構造が複雑に入り組んでいるため、条文をあたって手続きを確認することはあまり効率的ではありません。
実務上参考になる資料は次のとおりであり、実務担当者はこれらを参照して手続きを進めていることが殆どです。
書籍については外為法ハンドブックが長く定番の資料でしたが、近年は法改正が相次いでおり、アップデートが追い付いていない印象があります。
(1)WEB上のもの
- 日本銀行ホームページ 外為法の報告書についてよく寄せられる質問と回答:「対内直接投資・特定取得に関する報告書・届出書」関係
- 外為法Q&A(対内直接投資・特定取得編) →わかりやすくまとまっており、参照必須です。
- 日本銀行「届出書様式および記入の手引等」
- 日本銀行「報告書様式および記入の手引等」
- 財務相「対内直接投資審査制度について」関連法令 →事前届出業種が掲載されています。
(2)書籍など
- 外為法ハンドブック2022―犯収法その他関連法令も含めた外為取引への実務的アプローチ―(三菱UFJリサーチ&コンサルティング 国際情報営業部)
- M&A・投資における外為法の実務(アンダーソン・毛利・友常法律事務所編)(中央経済社)