従業員の退職に伴うストックオプションの消滅処理

従業員に割り当てられたストックオプションに関し、従業員が退職した場合にそのストックオプションをどのように消滅させたら良いかにつき、論点となりうる点を整理しました。

法的位置づけの検討

従業員が退職した場合、そのストックオプションをどのように消滅させるかについては、まず消滅の法的位置づけ、法的根拠をどのように整理するかが肝要です。いくつかのパターンに分けて整理します。

(1)放棄

個別に対象者から放棄書をとりつけるなどして、放棄をしてもらう方法です。場合によっては、割当時の割当契約において、退職など一定の事由が発生した場合には放棄をするとの合意がなされている場合もあります。

(2)行使不能

ストックオプションの行使の条件として、行使時に新株予約権者が発行会社又はそのグループ会社の役職員の地位にあることを行使の条件とする、との旨が規定されている場合があります。
この場合、新株予約権者である従業員が退職すると、退職に伴い行使条件を満たす可能性がなくなり、結果として行使不能となります。

会社法上、新株予約権者がその有する新株予約権を行使することができなくなったときは、当該新株予約権は、消滅することとされています(会社法287条)。そのため、行使条件不能に該当した場合には、その者の有するストックオプションは消滅することになります。

(3)取得条項に基づく取得+発行会社による消却

ストックオプションには、取得条項として、新株予約権者が従業員の地位を喪失する等して行使不能となった場合に、会社がそのストックオプションを無償で取得できるといった定めが付されている場合も多くあります。

この取得条項に基づき、①まず会社が対象者から無償でストックオプションを取得し、②次いで、会社が取得した新株予約権を取締役会決議等に基づき消却する、という手続きを経ることで、対象の新株予約権を消滅させることができます。

登記手続の添付書類

ストックオプションの消滅に伴う変更登記手続において必要となる書類は、下表のとおりとなります。

手続き必要書類
(1)放棄不要(代理人による申請の場合は委任状のみ)
(2)行使不能不要(代理人による申請の場合は委任状のみ)
(3)取得条項に基づく取得+消却・消却を決議した取締役会議事録(又は取締役決定書)
・代理人による申請の場合は委任状
放棄及び行使不能については、商業登記法上、書類の添付を求める根拠規定がないため、添付書類なくして登記申請ができるようになっています。

取得条項+消却については、取得条項に基づく取得に関する添付書類は不要ですが、消却に関して、適切な機関(取締役会設置会社であれば取締役会、そうでなければ原則取締役の過半数の一致)で決議したことを証する書面が必要となります。

注意すべき論点―放棄・行使不能は都度登記が必要となる場合も

放棄、行使不能の構成を採用した場合に特に留意すべきなのは、放棄・行使不能になる都度、登記申請が必要となる場合があることです。

消滅による変更登記は、変更日から二週間以内にすることとされています。この点はストックオプション目的の新株予約権についても例外ではなく、従業員の退職等の事由が異なる日に生じた場合でも、各変更日ごとに都度変更が必要と解されています。

退職が発生するごとに都度登記が必要となると、多くの従業員にストックオプションを割り当てた会社においては、従業員が退職するごとに登記をする必要が生じ、大変な手間になります。また、変更登記申請には一件あたり3万円の登録免許税がかかるので、この点においても全く経済的ではありません。

(※参考:新株予約権の「行使」については、毎月末日現在により、その末日から二週間以内にすることができます(会社法915条3項1号)。つまり、ひと月ごとにまとめて登記をすることができます。しかし、「消滅」については、上記の会社法915条3項1号に相当する条文がありませんので、都度登記をせざるをえないと解されています。

行使について特別扱いが許されているのは、行使がある都度登記するのは大変だから何とかしてほしいという実務上のニーズがあり、それをもとに制度設計された結果だと思われます。消滅についても、実務上、同様のニーズがあることがわかってきており、今後の法改正で見直されても良い点であると個人的には感じます。)

実務上は取得条項に基づく取得+消却が一般的

上述のような問題点もあり、実務上は、特に割当対象者が多いストックオプションを発行する場合においては、取得条項に基づく取得+消却で処理することが多いものと思われます。この場合、会社が適宜の日を取得日と定め、その日にまとめて対象者(退職者)からストックオプションを取得します。そしてその後会社が消却手続きをすることになりますが、消却については任意のタイミングで行えば足ります(消却をしないという選択肢、つまり自己新株予約権として保有し続けることも可能です)。

登記申請も、取得後の消却手続が行われた日から二週間以内に行えばよいため、退職の都度登記申請をする必要はなくなります。

消滅を見据えたストックオプションの設計も重要

実際に退職が発生した場合、これまで述べた考え方に従って処理することは可能です。しかし、当然ながら、ストックオプションの発行時に取得条項がないとそもそも取得条項は使えません。そのため、ストックオプションの設計時からこうした退職時の処理を見据えて設計をする必要があります。

なお、退職を想定して取得条項を設ける場合は、新株予約権の「全部」ではなく、「一部」取得となるケースがほとんどと思われます。この場合、取得条項に基づいて取得するのは新株予約権の全部ではなく、あくまで「一部」である旨を取得条項の内容として明確化する必要があるほか、その「一部」の決定方法を予め定めておく必要があります(会社法236条1項7号ハ)。

実務上、一部取得であることが明確になっておらず、取得条項の性質が会社法236条1項7号のイ~ハのいずれに該当するか不明確になっているような例もたまに見かけます。登記実務上も、取得条項が上記イ~ハのいずれに該当するか不明確である場合でも、問題なくストックオプション発行の登記はできてしまうようです。

イ~ハのいずれに該当するかが明確でないと、その後実際に取得条項に基づいて取得する際の手続きも微妙に異なってきます(会社法273条以降参照)。具体的には、取得条項のイに該当する場合は行使不能を確認する決議後即日でストックオプションの取得が可能(275条1項)であり、ロ・ハに該当する場合は新株予約権者への通知後2週間後に効力発生(273条2項、275条1項)という違いが生じます。

ストックオプションの制度設計時には、なかなか気づきにくい論点ですが、できればこの点を想定しての取得条項を定めることが望ましいと思われます。

おわりに

当事務所では、ストックオプションをはじめとする新株予約権に関する会社法上の手続きのサポートや、登記手続を豊富に取扱っています。本件の事例に限らず、ストック・オプションを自社で初めて発行することを検討している場合など、どうぞお気軽にご相談ください。

司法書士・行政書士 司栗事務所代表。日本企業やグローバル企業からの依頼による会社・法人の設立、株主総会、M&A、グループ内再編、独禁法関連、特定目的会社を利用した資産の流動化、金融商品取引業、投資法人(REIT)等に係る登記手続や官公署への届出事務等に多数関与した経験を有する。
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