いわゆるスライド就任をした場合の役員変更登記申請における本人確認書類の要否

株式会社の取締役だった者が取締役を辞任すると同時に、新たに同社の監査役に就任した場合(以下「スライド就任」といいます。)、当該変更に係る登記申請において、本人確認書類の添付は必要かという問題について検討しましたので、解説します。

1.結論(私見)

・現行法令上、要否について一義的な解釈をくだすことは困難と思われます。
・実務上の対応としては、念のため、添付するのが無難であると思われます。

2.理由/諸論点

(1)「再任」の定義

本人確認書類の添付が求められる根拠規定は商業登記規則61条7項です。

 設立の登記又は取締役、監査役若しくは執行役の就任(再任を除く。)による変更の登記の申請書には、設立時取締役、設立時監査役、設立時執行役、取締役、監査役又は執行役(以下この項及び第百三条において「取締役等」という。)が就任を承諾したこと(成年後見人又は保佐人が本人に代わつて承諾する場合にあつては、当該成年後見人又は保佐人が本人に代わつて就任を承諾したこと)を証する書面に記載した取締役等の氏名及び住所と同一の氏名及び住所が記載されている市町村長その他の公務員が職務上作成した証明書(当該取締役等(その者の成年後見人又は保佐人が本人に代わつて就任を承諾した場合にあつては、当該成年後見人又は保佐人)が原本と相違がない旨を記載した謄本を含む。)を添付しなければならない。ただし、登記の申請書に第四項(第五項において読み替えて適用される場合を含む。)又は前項の規定により当該取締役等の印鑑につき市町村長の作成した証明書を添付する場合は、この限りでない。

「再任」が除かれていますので、取締役だった者が取締役を辞任すると同時に監査役に就任することが「再任」といえるかが問題となります。

まず、条文上は、「再任」が何を指すのかについては定義されていません。

次に、書籍等では、実務上の「再任」の定義は、「退任登記と就任登記を同時申請する場合」と解説されることが一般的です。
例えば重任の場合のほか、①退任後の権利義務を承継している間に再選・就任した場合、②辞任と同時に再選・就任し同時に登記した場合、③退任登記未了の間に再選・就任した場合もこれに含まれるとの見解もあります。
しかし、本件のように、役職変更を伴う場合も、上記②と同様に考えられるかは、不明であるように思われます。
個人的には、一般的な日本語の解釈として、別の役職への就任を「再任」と解すことは難しいのではないかとも思われます。

(2)趣旨

他方で、法制度の趣旨を考えると、また違った見解も成り立ちます。
本人確認書類の添付が求められる趣旨は、実在しない者が役員として就任することを防止するためであるとされています。
そうであれば、取締役就任時に本人確認書類を提出済である以上、監査役にスライド就任した場合に再度本人確認書類を添付する意義は乏しいようにも思われます。
以上から、「スライド就任の場合は本人確認書類の添付は不要である」との見解も、一定の合理性はあるように思われます。

3.所感

本人確認書類の添付は、平成27年2月27日施行の商業登記規則改正によって新設された制度です。それまでは、「再任」の定義が問題になるのは、取締役又は代表取締役の関係(現商業登記規則61条4項及び5項)でしかありませんでした。実際、商業登記規則上、「再任」の用語が使われている箇所は他にありません。

この点、スライド就任の場合にどう解すべきかという点、及び、「再任」の定義が不明確である点は、上記平成27年改正によって新たに発生した問題であるように思われます。しかし、条文上の手当がされていないため、「再任」の定義の条文上の明確化が必要であるように思われます。

インターネット上において、法務局の実務上、上記2.の理由から、本人確認書類の添付を不要とする取扱がみられたとの情報を掲載しているブログがありました。しかし、条文上の解釈からは確実にそう解釈できるとはいえず、全国的な取扱かどうかも不明ですので、慎重な対応が必要であるように思われます。

実務上の対応としては、一般的に、新任役員が本人確認書類の提出を公的機関(法務局)に対して行うことについて、特にダウンサイドがあるとは思えないため、役職変更に伴って再度の本人確認の趣旨で、提出をお願いすることで良いように考えております。

司法書士・行政書士 司栗事務所代表。日本企業やグローバル企業からの依頼による会社・法人の設立、株主総会、M&A、グループ内再編、独禁法関連、特定目的会社を利用した資産の流動化、金融商品取引業、投資法人(REIT)等に係る登記手続や官公署への届出事務等に多数関与した経験を有する。
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