法律事務所の紹介による商業登記案件に関する、犯収法上の記録作成に関する検討

司法書士及び行政書士は、犯罪による収益の移転防止に関する法律(以下「犯収法」といいます。)の「特定事業者」として定義されています。そのため、一定の取引に該当する場合には、犯収法上の取引時確認等とその記録の作成が義務付けられています(犯収法第4条、第6条、第7条)。

当事務所は、伝統的な司法書士事務所等とはやや異なる特徴を有しているため、その特殊な状況をご説明した後、確認記録の様式作成にあたり苦労した点等を記載します。

なお、以下に記載する内容は筆者の理解と分析に基づいて記載しております。実際の運用の参考にあたっては、法令解釈などに誤りがないか念のためご確認ください。

当事務所の特徴

当事務所の取扱業務として多いものには次のような特徴があります。
これはおそらく一般的な司法書士事務所等にはあまりない特徴かと思います。

  • 他士業、特に準大手~中小規模の法律事務所や弁護士経由での依頼が多い
  • 顧客が法人
  • 商業法人登記
  • 原則非対面で進む

原則非対面で進むのは次のような理由からです。

  • 法律事務所の助言を受けて登記直前まで書類作成や手続が進行済であることが多い。(この点で、法律専門家ではない税理士の紹介案件と異なる)
  • そのため、顧客と面談(ヒアリング)をして、書類作成、登記準備、という流れではなく、依頼を受けた段階で既に効力が発生しており、登記期限が迫っていることも多い。
  • 以上のような事情もあり、不動産決済等とは異なり、本人確認や意思確認のためだけにわざわざ関係当事者を参集させて面談を設定することが、想定されるリスクとのバランスから、必ずしも合理的とはいえない場面も多い。

サンプル様式が見当たらない問題

本人確認記録と取引記録の様式例は、司法書士会の研修資料等に存在します。しかし、これらは不動産決済など、自然人が顧客で、かつ面談しての本人確認を原則として想定した様式例となっています。

そのため、当事務所が取り扱いを想定する案件においては全く使い物にならないということに、開業直後に気付くことになりました。

また、いわゆる司法書士補助システムを利用した場合でも、上記のような不動産決済等を想定した様式しか作ることができないことがわかりました。

そこで、当事務所の場合、犯収法、同施行令、同施行規則、司法書士会の会則、QA集を全て確認し、独自の様式を作るしかないという結論に至りました。

一般の様式では対応できていないこと

例えば次のような問題がありました。

(1)顧客の代表者等が少なくとも2名いる

日本司法書士連合会の解釈によれば、犯収法上の特定取引の登記代理を他士業者(弁護士等)から紹介された場合、原則として、当該他士業者が犯収法上の「特定取引等の任に当たっている自然人」になるとされています(日本司法書士会連合会 本人確認等に関する資料集『登記事務における本人確認等についてのQ&A(税理士用)』Q1、日本司法書士会連合会 『司法書士にとっての犯罪収益移転防止法対応実務Q&A』Q301、Q277参照)。
なお、依頼を受けた案件が犯収法上の特定取引でない場合、当該他士業者(弁護士等)の本人確認は任意となります。(前記Q&A(税理士用)Q2参照)

また、これとは別に、顧客等(会社)の担当者も顧客の代表者等となります。そのため、会社担当者の本人確認も別途必要となります。もっとも、会社担当者については、本人確認を行う根拠が異なります。すなわち、犯収法ではなく、司法書士が職責において行うべき本人確認の対象となる点に注意が必要です(前記Q&A(税理士用)Q1参照)。

つまり、一つの案件について、代表者等は少なくとも2人いるのが通常です。しかし、ほとんどのサンプル様式は代理人等の記録を記入する欄が一つしかありませんでした。

また、犯収法上の本人確認と、職責に基づく本人確認は、根拠規定が異なり、確認方法が異なります。

具体的には、犯収法の本人確認を非対面で行う場合、本人確認書類の写しが2点必要になる(最も実務上簡便な方法と思われる犯収法施行規則6条1項1号リの方法の場合)のに対し、職責に基づく本人確認は、非対面であっても1点で足ります(東京司法書士会の場合。本人確認規程4条1項1号イ)。また、本人確認書類として認められている証明書の種類も微妙に異なります。複雑であり、うまく整理をして記録を作成する必要があります。

(2)非対面・顧客が法人である場合、本人確認書類が存在しないことがある

顧客が法人である場合、犯収法上の本人確認の方法は、同法施行規則第6条第1項第3号に規定されています。

非対面を前提とすると、おそらく、実務上、最も顧客及び司法書士の事務負担が少ないのは同号ハの方法(下記)ではないかと思われます。

「顧客等の代表者等から、顧客等の名称及び本店又は主たる事務所の所在地の申告を受けるとともに、国税庁・法人番号公表サイトにより公表されている当該顧客等の名称及び本店又は主たる事務所の所在地を確認し、かつ、当該顧客等の本店等宛に、取引関係文書を書留郵便等により、転送不要郵便物等として送付する方法」

この方法による場合は、本人確認書類は存在しないことになります。登記事項証明書や印鑑証明書は確認しないためです。

また、同号ロの登記情報の送信を受ける場合についても、本人確認書類は存在しないことになります。登記情報は本人確認書類ではないためです(前記実務Q&A Q124)。

一般的な確認記録様式例は、面談して登記事項証明書又は印鑑証明書を確認する想定で作成されているものが多く、非対面の場合に実務上最も事務負担が少ない、本人確認書類が存在しない方式を念頭に置いていないと思われました。

なお、国税庁・法人番号公表サイトや登記情報を確認する場合、確認日や受信日を記録する必要がありますが(犯収法施行規則20条1項10号、11号)、一般的な確認記録様式例にはその記載欄もありませんでした。

実際の様式イメージ

他にも色々と論点はありましたが、以上のような論点について一つずつ検討を重ねて、作成した様式の冒頭部分が下記のものです。とにかく全ての法令規則を確認したので丸1日~2日ほどかかりました。根拠条文は青字で記載し、法改正に対応しやすくしました。論点については後から迷わないようハイライトでコメントを入れました。

細かい論点

実際に使用していくと様々な論点が見つかり、改良を重ねていきたいと思っています。

(1)パスポート

例えば、司法書士の職責に基づく本人確認においては、旅券(パスポート)が本人確認書類として認められています。しかし、非対面を前提とする場合、本人確認書類で確認した住所にあてて転送不要郵便で取引関係文書を送る必要があるため、住所の記載ない旅券は本人確認書類としては不完全なものと思われる(説明不足で顧客に住所が確認できるものを追送してもらう手間をかけさせてしまった)、といった問題がありました。

(2)紹介元の関与度合い

紹介元の他士業者の案件への関与が単に「紹介」のレベルにとどまる場合は、犯収法上の代表者等には当たらない場合もあります(前記実務Q&A Q301)。この場合は、会社担当者が、犯収法上の「特定取引等の任に当たっている自然人」となります。そうなったときに、職責に基づく本人確認ではなく、犯収法に基づき、(非対面の場合)2通の本人確認書類で本人確認を行う必要が生じてくる等、オペレーションが変わってきますので、注意が必要です。

そのため、あらかじめ、紹介元の他士業者が想定している案件への関与度合いを確認し、必要な本人確認手続を可能な限り前もって整理することが重要であると感じています。

まとめ

犯収法と本人確認については、開業前からマニュアルを作成する等、一定程度準備をしていましたが、それでも実際に案件を獲得してから到底準備ができていないことに気づくという事態になりました。これから企業法務を中心業務とする司法書士になられる方も含め、何かの参考になれば幸いです。

司法書士・行政書士 司栗事務所代表。日本企業やグローバル企業からの依頼による会社・法人の設立、株主総会、M&A、グループ内再編、独禁法関連、特定目的会社を利用した資産の流動化、金融商品取引業、投資法人(REIT)等に係る登記手続や官公署への届出事務等に多数関与した経験を有する。
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