募集株式発行を決議し、引受の申込(又は引受契約締結)後、引受人のうちに払込を取りやめた者が生じた場合の対応について、本稿で整理を試みます。
1.引受人のうちに払込の全部を取りやめた者が生じた場合の対応
①会社法上の処理
まず実体法上の効果ですが、募集株式の引受人は、出資の履行をしないときは、当該出資の履行をすることにより募集株式の株主となる権利を失います(会社法208条5項)。
②登記手続
商業登記の手続については、これを前提として、次のような処理で登記できた実例があります(当事務所が2024年3月に申請した登記)。
(a) 株主総会議事録・取締役会議事録
当初作成したものをそのまま登記申請に添付。
(※決議後の払込取り止めのため、そもそも議事録の修正は不可。)
(b) 引受申込書、総数引受契約書
当初作成したものをそのまま登記申請に添付。
(※申込後の払込取り止めのため、そもそも契約書の修正は不可。)
なお、申込人による契約不履行の問題は発生するため、別途発行会社と申込人との間で状況に応じた対応が必要と思われます。(例:損害金を請求する、契約を解除する、など)
(c) 払込があったことを証する書面
実際の払込額で作成して登記申請に添付。
なお、「引受人A(引受株式数:●、引受金額:●円)は、払込期間内(又は払込期日まで)に出資の履行をしなかったため、募集株式の株主となる権利を失いました。」などと付記するとより丁寧と思われます。
(d) 資本金の額の計上に関する書面
実際の払込額で作成して登記申請に添付。
(e) 委任状
当初作成したものをそのまま登記申請に添付。
2.引受人が引受額の一部について出資の履行をしなかった場合の対応
①会社法上の処理
会社法上、募集株式の引受人は、「それぞれの募集株式の払込金額の全額を払い込まなければならない。」とされています(会社法208条1項)。ここでいう「募集株式の払込金額」とは、「募集株式一株と引換えに払い込む金銭又は給付する金銭以外の財産の額をいう。」とされていることから(会社法199条1項2号)、登記申請の運用上は、払い込まれた部分については有効に効力が発生し、払い込まれていない部分に対応する株式数についてのみ、会社法208条5項により失権するとの解釈で運用されている模様です。
②登記手続
上記を前提に、登記申請の添付書面の処理方法は以下のとおりとなります。
(a) 株主総会議事録・取締役会議事録
当初作成したものをそのまま登記申請に添付。
(※決議後の払込取り止めのため、そもそも議事録の修正は不可。)
(b) 引受申込書、総数引受契約書
当初作成したものをそのまま登記申請に添付。
(※申込後の払込取り止めのため、そもそも契約書の修正は不可。)
なお、申込人による契約不履行の問題は発生するため、別途発行会社と申込人との間で状況に応じた対応が必要と思われます。(例:損害金を請求する、契約を解除する、など)
(c) 払込があったことを証する書面
実際の払込額で作成して登記申請に添付。
なお、「引受人A(引受株式数:●、引受金額:●円)は、●株に対応する引受金額(●円)に係る払込期間内(又は払込期日まで)に出資の履行をしなかったため、当該●株に係る募集株式の株主となる権利を失いました。」などと付記するとより丁寧と思われます。
(d) 資本金の額の計上に関する書面
実際の払込額で作成して登記申請に添付。
(e) 委任状
当初作成したものをそのまま登記申請に添付。
③論点(そもそも一部の出資履行をしないことは可能なのか)
実務上、例えば海外の引受人が出資の履行をしたところ、銀行手数料が受取人負担となっており、手数料が控除された額で入金されてしまった、というケースが多くあり、引受人が意図しない形で出資の履行が不完全になることがあります。
しかし上記のようなケースはさておき、引受人が募集株式を引き受けた後、一部の引受金額にかかる出資をしないというオプションが認められているのかどうか、議論があるところだと思われます。先述の通り、登記手続上は、履行があった部分についてのみ募集株式発行が有効に行われたという運用がなされているところであり、実務上もそのように処理している例は比較的多くみられますが、厳密にいうと、会社法上も同様に解釈してよいかは若干疑義があるところと思われます。
3.論点(出資の履行がなかった分に対応する資本金計上の再決議)
株主総会決議において、例えば「払込額の半額を資本金として計上する」などと、資本金の計上額を割合的に記載していない場合、計上する資本金の額について再決議が必要となる可能性があります。
具体例を挙げると、「計上する資本金及び準備金に関する事項:資本金1億円、資本準備金1億円」などと記載しており、払込額1000万円の引受人が払込をしなかった場合・・・
①増資額1億円を維持して準備金として計上すべき額を9000万円に減額するのか、それとも
②資本金9500万円・準備金9500万円とすべきなのか、
といった点が不明確になります。そのため、厳密はこの点について再度の機関決定が必要と思われます。もっとも、現在の法務局の運用上、少なくとも上記の②のケースについては、資本金の計上に関する再決議はなくても、登記ができている実例があります(当事務所が2024年3月に申請した登記)。