本稿では会社分割(吸収分割)の手続きに際する利益相反取引について検討した事項を整理します。
1.不動産登記の観点からの利益相反取引該当性
不動産登記手続においては、例えばX社=Y社間で所有権移転が行われる場合で、X社・Y社の両者の代表取締役が共通の場合は、形式的に利益相反取引に該当するものとみなされ、登記申請の際に承諾証明情報(利益相反取引を承認した取締役会議事録+印鑑証明書など)が求められるとされています。
もっとも、代表者が同一の会社へ会社分割を原因として所有権移転をする場合は、例外的に利益相反取引には該当しないと考えるのが実務上の一般的な理解のようです(参考:日本法令『事項別 不動産登記のQ&A210選』(8訂版)Q171)(2024.2に当事務所が横浜地方法務局管内の法務局に申請した登記も同様)。
上記の見解の理由としては、以下のものが挙げられています。
➀会社法上の利益相反取引規制は、あくまで会社と取締役との間の個別的な取引を対象としている。会社分割は組織再編的行為であるため、個別的な取引とはいえず、その点において不動産売買とは性質が異なる。
②吸収分割契約や合併契約といった組織再編行為に必要な契約(計画)は、会社法上、株主総会の特別決議による承認を得る必要がある。そのため、利益相反取引と整理しなくても株主保護に支障がない。
2.会社法上の観点からの利益相反取引該当性
上記1.に対し、不動産登記手続的な観点を措いて、純粋に会社法的な観点で検討する場合は結論が異なり得る場合もあると思われます。すなわち、組織再編行為に係る契約締結の承認であっても、取締役が相手方の会社を代表して契約を締結する場合には、利益相反取引に該当し、かつ当該取締役は特別利害関係人に該当すると整理することも、実務上比較的多いように思われます。
実際、上記1.に記載した理由については次のような反論が考えられるところです(いずれも私見)。
①承継対象とする権利義務の決定は、吸収分割において最も重要な内容な事項の一つといえる。取締役が、自身が代表取締役を務める会社に対して、吸収分割によって重要な権利義務を承継させることの決定に関与することは、恣意的な思考が入る余地もあり、会社の利益と相反する可能性もある。この点は、組織再編行為であっても通常の不動産売買等の個別取引と何ら変わることはなく、取締役会又は株主総会決議による相互監視の必要性が全くないとは言えない。
②会社法上、株主総会の承認決議は効力発生日の前日までに得る必要がある。つまり株主総会決議がいわば最後のストッパーになっているともいえる。吸収分割契約の締結は、実際には債権者異議申述期間を踏まえ、効力発生日の1か月程度前になされる場合も多い。株主がストップをかけようとする時点は、最も遅くて効力発生日の前日となるから、既に相当程度手続きが進んでいる場合もある。そのため、最終的に株主総会決議が要求されている、また反対株主による株式買取請求制度があるにしても、吸収分割契約に際して予め利益相反に関する取締役会又は株主総会による承認を要求し、取締役が恣意的な組織再編行為を開始しないように監督する意義も十分にあるように思われる。
3.実務上はどう考えるべきか(私見)
(1)承継対象に不動産が含まれず、不動産登記手続の必要性が生じない場合
当然ながら、純粋に会社法的な観点から検討することで足ります。なお、承継会社/分割会社の役員の兼任があるかどうかという観点に加え、100%親子会社間での吸収分割(この場合は承認不要と考えるのが一般的です)か等の観点から総合的に利益相反該当性を検討する必要があると考えられます。
(2)承継会社に不動産が含まれ、不動産登記手続の必要性が生じる場合
不動産登記手続上は利益相反に該当しないとされていますが、あくまでそれは手続的な観点での整理にすぎず、実体法的な観点から利益相反取引の承認が100%必要ないと考えてよいのかは若干疑義があるように思われます。そのため、登記手続における承諾証明情報が要求されない場合からといって直ちに利益相反取引は不要と整理するのは適当ではなく、会社法上の株主保護・取締役会における相互監視の観点などを踏まえ、実体法上の問題がないか検討することが必要なように思われます。
4.おわりに
当事務所では合併・会社分割等の組織再編行為について必要となる会社法・登記手続関連の書類作成・手続代理に加え、組織再編行為に伴う不動産登記手続についても取扱をしております。グループ内再編等も含めた組織再編関連についてご相談事項がございましたら、どうぞお気軽にお問い合わせください。