商業・法人登記の原本還付に関する論点

先日、研修でご一緒させていただいた方から、商業登記の原本還付はどこまでできるのかわからない、というご相談をいただきました。

司法書士の中でも考え方や対応が分かれている論点が多いと思われます。過去に考え方を整理したことがありますので、それを下地に、当事務所の考え方等をまとめました。

1.原本還付とは

登記の申請人は、申請書に添付した書類の還付を請求することができます(商業登記規則49条)。「できる」ですので、還付をするかどうかは任意です。

書類の還付を請求するには、還付対象の書類の謄本(コピー)を添付し、原本と相違がない旨を記載して提出します。

2.諸論点

(1)どんな添付書類でも原本還付請求ができるのか?

不動産登記に関しては、印鑑証明書や委任状については一部の例外を除き還付請求ができないなどの制限があります(不動産登記規則55条)。

これに対し、商業登記法上は、還付対象の書類に制限はありません。委任状も必要があれば還付は可能です。

(2)この書類は原本還付した方がよいか?

類型ごとに記載します。

①登記委任状

当事務所では委任状の原本還付請求をしない方針を採用しております。

理由は、資格者代理人宛の委任状であれば、原本還付を受けて、原本を申請人(依頼者)に返却することは本来的ではないように思われるためです。委任状は代理人に宛てて申請者が交付した書面です。そのため、議事録その他の添付書類とは異なり、申請人に返却するべきではなく、原本を保管するのなら代理人が保管すべきです。
そして、仮に代理人が保管するとして、原本を保管しておく意味は何でしょうか。必要になれば、法務局に閲覧請求すれば足りますので、法務局に保管してもらうことで足りると考えております。
なお、当事務所では、当然ながら委任状の「写し」の保管は適切に行っております。
実際に、委任状の原本還付を求める例は稀だと思います。東京法務局の窓口担当者にも軽く口頭で尋ねたことがありますが、同様の認識のようでした。
個人的な経験では、過去に一度だけ、申請人から委任状の原本還付を強く求められ、ご要望に沿って対応したケースがございます。

②専ら登記手続きのために用意する書類と言えるもの

(例:株主リスト、上申書、資本金の額の計上に関する証明書など)

当事務所では、専ら登記手続きのために用意する書類と言えるものは原本還付請求をしない方針を採用しております。
経験上、担当者によってはこれらの書類を原本還付している場合があると思われます。その理由は、なんとなく原本をそのまま提出することに抵抗があり、手元に原本が残らないので心配だからということのみだと思われます。ただし、「なんとなく」の理由による対応は個人的には少し問題があると考えております。詳細は後記3.で解説します。
なお、かつてはこれらの書面にも押印が求められましたが、新型コロナウイルス禍を契機にした押印廃止の取り組みにより、現在は押印をせずに提出することも可能な場合が殆どです。その意味で、議事録等と異なり、これらの書類には原本性がない場合もあります。そもそも問題にならない場面もあるかもしれません。

③個人の証明書類

(例:印鑑証明書、住民票の写し、サイン証明書、本人確認書類としての運転免許証等の原本証明付き写しなど)

当事務所では、状況により原本還付の要否を判断しております。
すなわち、サイン証明書、住民票の写し等については、①対象者が外国人であったり社長等の上位の役員である等、忙しい方であったり、官公庁での取得を簡単にお願いしにくい場合、②他の手続きに還付を受けた原本を流用することが便宜であることが予め判明している場合、原本還付請求をするようにしています。他方、そうでないと推測できる場合は原本還付請求をせず提出しております。
本人確認書類としての運転免許証等の写しに関しては、(写し自体は)官公庁が発行するものではありません。そのため「専ら登記手続のために用意する書類」と整理して、原本還付請求をせず提出しております。
実務上は、担当者により対応が分かれているように思われます。

④議事録類

当事務所では原本還付を請求する方針を採用しております。
株主総会議事録と取締役会議事録は、会社法上、本店や支店に備置する義務があります。そのような議事録類については、会社保存用原本を登記申請用原本とは別に作成していないのであれば還付は必須だと思われます。
会社法上の備置義務がない取締役決定書や、合同会社の社員決定書については、異論もあり得るところですが、基本的に取締役会議事録に準じて考えるのが望ましいと考えられます。
実務上も、ほとんどは上記と同様の対応かと思います。

⑤就任承諾書

当事務所では原本還付を請求する方針を採用しております。
就任承諾書については、会社法上備置義務はありません。但し、役員就任に係る委任契約書等が別途存在し就任承諾書は専ら形式的に登記手続のためのみに作成していて依頼者からも特に還付しないで良いと言われている等の例外的な事情がある場合を除いて、エビデンスとしての意味があり、原本を会社において保管する意義があると考えております。以上から、就任承諾書は、基本的には、「専ら登記手続きのために用意する書類」とは整理できないと思われます。
実務上も、ほとんどは上記と同様の対応かと思います。

⑥契約書

(例:株式総数引受契約書、株式交換契約書など)

当事務所では原本還付を請求する方針を採用しております。
契約書については、たとえグループ会社間の簡易な様式の株式総数引受契約等であっても、他の契約書と同様、基本的に原本を会社で保存すべきであると考えられます。
実務上も、ほとんどは上記と同様の対応かと思います。

(3)議案や別紙資料に企業秘密が記載された議事録の原本還付についての考え方

別記事で解説しております。

3.資格者代理人に対する原本還付についての提言

事業会社で勤務していた際、委託していた法律事務所は委任状以外の全ての書類を還付して返送してきていました。

私は、オフィスサポート部門の方に手伝っていただきながらそれらについて書類名・日付等を記載したインデックスにまとめ、順序を整えてファイリングし、限られたオフィススペース(部のキャビネットは本当に狭く、溢れた書類を個人のロッカーに保存することもありました)に原本を保存する必要があり、その作業にとても時間がかかっていました。専ら登記のためのみに作成したような細かい書類に関するものも含めて、です。

ほとんどの資格者代理人は、原本を保管するか破棄するかは会社マターだからあとはそっちで勝手にやってね、という態度で、その先のことを考えていないと思います。私も実際にかつてそうでした。しかし、本当にそれで良いのでしょうか。

資格者代理人が、なんとなく原本が手元に残らないから全て還付請求しておこうという理由のみで、保守的に原本還付をすることは、依頼者に対する配慮不足となることもあるように思います。真の意味での「その先」を考えて対応できるような代理人になりたいと、日々想う次第です。

司法書士・行政書士 司栗事務所代表。日本企業やグローバル企業からの依頼による会社・法人の設立、株主総会、M&A、グループ内再編、独禁法関連、特定目的会社を利用した資産の流動化、金融商品取引業、投資法人(REIT)等に係る登記手続や官公署への届出事務等に多数関与した経験を有する。
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