「本日付で」「本日をもって」の区別

ときどき議論になる件です。私は、インターネット等でさも当然のように述べられていることに疑問があると長年感じてきました。
根拠資料とされている資料を取り寄せて確認し、検討しましたので、それについて解説します。
なお当然ながら、あくまで個人の見解ですので、ご注意ください。

1.よく言われていること

「本日付で辞任します」「本日をもって辞任します」の意味は同じではありません。
「本日付」はその日の開始(午前0時)時点のこと
「本日をもって」はその日の終了(午後24時)時点のこと

です!注意して使い分けましょう!

・・・と書かれた司法書士等のブログをたまに見かけます。私は長年これが正しいのか疑問に思ってきました。

2.実務家の感覚

商業登記手続に15年近く携わってきた経験からの、私の現場感覚は次のとおりです。

「ときどき、こういうことを言ってくる実務家を見かけるが、細かく気にしていない実務家もいる。」

私は後者の立場です。

3.疑問点

なぜこのような使い分けを主張する人たちがいるのでしょうか。
単純な疑問として次のものが挙げられると思います。

(1)理由・根拠は何?
(2)一般的な日本語としての意味はほぼ同じでは?

それぞれ検証します。

4.検証1 理由・根拠は何?

(1)根拠を探しました。

インターネット上でリサーチしたところ、まず、一定の影響力のある著名な司法書士のブログ記事で上記の見解が述べられていることを確認しました。ただし、その方が何に依拠して発信されているのか、具体的な根拠は不明でした。公的な見解なのか私的な見解なのかも不明でした。いずれにしても、この方の発信が実務に影響を与えた可能性があります。

文献レベルでは、登記研究第281号69頁質疑応答4906に根拠があるようだということを突き止めました。

そこで、登記研究281号69ページを実際に確認することにしました。が、50年近く前の資料(1971年発行)であり、ほとんどの図書館に所蔵がありません。

後に知りましたが、登記秘書INTERNETというサービス(有料)でも入手可能なようでした。ただ当時は探し当てることができませんでした。

以上を受けて、国会図書館の遠隔複写サービスを利用して、資料を入手しました。
なお、遠隔複写サービスについては別記事で解説をしましたので、宜しければご覧ください。

(2)登記研究第281号第69頁の内容

ほとんどのブログ記事には、登記研究の質疑応答にそう書いてあるから!というレベルの記載しかなく、取り寄せるまでどのような文脈でそう述べられているかはわかりませんでした。

実際に取り寄せて確認しました。

念のため、完全な形での引用は控え、要点のみを記載しますが、大要以下のような内容です。紙面の1ページのうち、3分の1程度のスペースで、QAのみが述べられており、理由などの詳細な解説はありません。

Q.役員の任期の伸長・短縮についての定款の定めがない株式会社において、任期満了日に開催された定時総会の議事録に「取締役及び監査役全員は本日をもって任期満了するので…」とある場合の本日とは、その日の「午後十二時まで」と解すべきか。それとも「定時総会終結時」と解して差し支えないか。

A.「午後十二時まで」と解することが相当と思われる。

なお、こちらは法務省又は法務局担当者の回答と思われるものの、回答者の具体的な氏名や所属は記載されていません。しかし、少なくとも行政規則ではないはずで、通達レベルの影響力のある回答ではないようにも思われます。

(3)登記研究第281号第69頁の解釈の検討

検討にあたっては、質疑応答が掲載された1971年(昭和46年)当時の商法の規定の把握が必要であると考え、確認しました。下記のとおりです。

昭和41年6月14日法律第83号 〔第七次改正〕
第二百五十六条 取締役ノ任期ハ二年ヲ超ユルコトヲ得ズ
②最初ノ取締役ノ任期ハ前項ノ規定ニ拘ラズ一年ヲ超ユルコトヲ得ズ
③前二項ノ規定ハ定款ヲ以テ任期中ノ最終ノ決算期ニ関スル定時総会ノ終結ニ至ル迄其ノ任期ヲ伸長スルコトヲ妨ゲズ

現行会社法と異なります。デフォルトルールとしての任期が(ちょうど)2年まで(最初の取締役は1年)、例外として定款をもって、任期中の最終の決算期に関する定時株主総会の終結時までにできる、という規定ぶりになっています。
現行会社法は、総会終結時に任期満了するのがデフォルトルールです(会社法第332条)。

質疑応答の質問では、定款に任期の伸長・短縮についての定めがないことが前提として示されています。
つまり、おそらく任期は(ちょうど)一年または二年、という前提があったのではないかと思われます。

そうであれば、「午後十二時まで」と解することが相当、という回答は違和感がありません。理由が記載されていないのですが、「定時総会終結時」と解するのは定款に任期伸長規定がある場合に限られる、ということだったのではないでしょうか。

登記研究の回答は、このような背景事情を踏まえたうえでの回答だったと思われます。しかし、「『本日をもって』、は一般的な言葉の意味として、午後十二時までである!登記研究にそう書いてあるから!」と誤って解釈され、その解釈が一人歩きした可能性が否定できないようにも思われます。

そして、法改正を経て、総会終結時に任期満了することがデフォルトルールとなった現行会社法下においてもなお、1971年当時と同様の解釈が妥当するかは疑問であります。

(4)「付」の解釈

登記研究281号69頁に記載されていたことは以上に述べた内容が全てであり、「本日付」について言及がありません。
すなわち、「本日付」はその日の開始(0時)時点を指すとされる、文献レベルの根拠は見つけられませんでした。

5.検証2 日本語としての意味はほぼ同じでは?

法令用語においては、例えば「及び」「並びに」など、日本語としての意味はほぼ同じでも、意味を使い分けて使用すべき場面があります。そのため、日本語としての意味はほぼ同じ言葉でも法律の世界では意味が違う、ということはありえます。

法律家の世界では、このルールは概ね法令用語とパラレルで考えていると思います。つまり公用文のルールに従っていると思われます。

参考:「公用文作成の考え方」について(建議)

では、「本日付」「本日をもって」の使い分けは、公用文のルールに沿ったものなのでしょうか。

公用文に関する資料をいくつか確認する限り、このような使い分けのルールは見当たりませんでした。

したがって、この観点からも、使い分けの理由は不明でした。

6.まとめ

・「本日付」はその日の開始時点(午前0時)のこと、と解するべきという具体的な根拠資料は、公的なものや文献レベルでは、見つけられませんでした。

・「本日をもって」はその日の終了時点(午後24時)のこと、と解するべきという見解は、参考事例はあるものの、それは1971年当時の法令と個別事情を踏まえた解釈であると思われ、一般的な解釈といえるかは疑問がありました。

・現場感覚として、これらの使い分けは、実務において確立した見解であるとは言い切れないように思われます。

実務上の対応としては、2.の実務家の感覚で触れたとおり、「ときどき、こういうことを言ってくる実務家を見かけるが、細かく気にしていない実務家もいる。」ことを念頭に、一つの見解として否定すべきものではないことは理解しつつ、時点が問題になりそうであれば具体的な時点が明確になるように辞任届・就任承諾書や議事録の記載を工夫するなどの対応が必要であると考えております。

興味深いテーマであり、他に資料がないかは引き続き探してみようと思います。

司法書士・行政書士 司栗事務所代表。日本企業やグローバル企業からの依頼による会社・法人の設立、株主総会、M&A、グループ内再編、独禁法関連、特定目的会社を利用した資産の流動化、金融商品取引業、投資法人(REIT)等に係る登記手続や官公署への届出事務等に多数関与した経験を有する。
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