論考・記事

クラウドpbx(クラウド電話)と事業者に課せられる規制
2023.03.15

新型コロナウイルス禍以降、テレワークが普及したことで、外出先や自宅から、オフィスの固定電話番号を用いて内線や外線を発信したいとのニーズが増しました。これを実現するための手段の一つとして、いわゆるクラウド電話(クラウドpbx)のニーズが高まっているように思われます。

当事務所もクラウドpbxの導入を検討いたしましたが、その過程で見えてきた問題点や、事業者に課せられている規制について興味深い論点がいくつかあると感じました。
既に関連する記事はネット上に一定数ありますが、法律専門家が秩序立ててまとめた記事が見当たらなかったため、今回はこの点について検討した結果をまとめてみます。

1.クラウドpbxとは

クラウドpbxとは、従来、オフィス内に設置してあったPBX(電話交換機)を、インターネット上に用意した機能(サービス)です。 インターネットの環境を用意することで内線・外線通話や転送などを行え、安価、且つすぐに始められることがメリットの一つとして挙げられています。

【参考:Cloco株式会社 】
https://www.clocoinc.com/service/phone

これを利用することで、外出先や自宅から、例えば03番号等の固定番号から得意先に発信するといったことが実現できることになります。

余談ですが、司法書士業界について言うと、東京司法書士会は、司法書士登録の際、事務所の電話番号としてフリーアドレスや携帯電話番号を登録することを禁じており、固定電話番号をもつことが事実上必須とされています(この是非は議論すべき問題と思いますが、別の機会にします)。その意味でクラウドpbxの導入を検討する司法書士もいるのではないかと思われます。

2.固定電話番号の偽装についての問題点

テレワーク時代にメリットが大きいと考えられるクラウドpbxですが、実は新型コロナウイルス禍以前から既に一定程度普及していたサービスです。
そして、遅くとも平成30年までには既に、次のような問題点が指摘されていました。

  • 一般利用者(消費者)が固定電話番号から想起する地域やサービスとは異なる発着信において、通話の相手には固定電話番号による発着信であるように装う(一般利用者(消費者)に意図的に誤認させる)ことも可能
  • 固定電話番号を使用して提供する転送電話サービスについては、固定電話網以外の転送区間のネットワークの通話品質が携帯電話、050IP 電話又はインターネットと同等水準となり、特にインターネットによる転送区間は品質が低下するなど通話品質が保証されていない。
  • 固定電話番号を表示する「発信転送」で緊急通報を行った場合、緊急機関に通知される固定端末の設置場所や通報者の位置情報が通報者の実態と異なってしまい、緊急機関による通報者情報の紐付けや通報者へのコールバックが困難となり、犯罪捜査や人命救助等に支障をきたす可能性がある。

総務省 固定電話番号を利用する転送電話サービスの在り方
【平成30年4月10日付け 諮問第1228号】
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban06_02000066.html

要するに、発信元の番号と、発信者の実態がひもづかなくなることなどから、①詐欺に使われる、②通話品質が落ちる可能性あり、③110番や119番通報に際して問題が生じる、といったリスクがあるということです。

背景にあるのは、03や06番号といった固定電話の信用性が揺らぐという危機感かと思います。
答申において「固定電話の信用へのフリーライド(ただ乗り)」と表現されているのが印象的です。

3.2019年(令和元年)の総務省の規制強化

上記答申を受けて、「固定電話番号を使用する電話転送役務に関する条件」として次の規制が加わりました。

  • 契約を締結する際に、次の事項を確認すること
    ① 利用者の本人特定事項(氏名・住居等)
    ② 利用者の活動の拠点が、番号区画の区域内にあること
    ③ 固定端末系伝送路設備の一端が、利用者の活動の拠点に設置されていること
  • 050IP電話における総合品質又はこれと同程度の音声伝送品質を満たしていることの確認が行われていること
  • 緊急通報の発信転送の際に、発信元の発信者情報が、緊急通報の利用者を誤認させるおそれがあるときは、緊急通報を不可能とする措置を講じること 等
2019年6月7日 総務省 電気通信番号関係の制度改正について p.16
https://www.soumu.go.jp/main_content/000614856.pdf

いずれも、平成30年答申で指摘のあった問題に対応した内容になっています。

なお、上記は例えば03番号のような「固定電話番号を使用する電話転送役務に関する条件」であるため、例えば050番号を利用するクラウドpbxについては、すべての要件が要求されるわけではありません。(2023/6/16追記:総務省は050番号についても本人確認義務化を表明しました。今後扱いが変わる可能性があります。)

4.「固定端末系伝送路設備の一端が、利用者の活動の拠点に設置されていること」とは

上記の規制強化の内容のうち、「固定端末系伝送路設備の一端が、利用者の活動の拠点に設置されていること」の要件は、具体的に何を意味するのか少しわかりにくいように思います。

この点、当方がクラウドpbxを取り扱う複数の事業者と実際やりとりしたところでは、実務上は、固定電話番号を使用するクラウドpbxを利用する場合、①利用者のオフィスに光回線を引き、②利用者のオフィスに専用機器を設置することを求めるのが一般的な対応のようでした。

なお、本人確認さえしっかり行っていればよいのではないか、電話番号と端末の所在場所がリンクしていることを求めるべきとの考え方は時代錯誤で不要ではないか、との考え方もありえるところです。しかし総務省は、パブリックコメントの回答において、この要件は必要との立場を明確にしています。

参考:「固定電話番号を利用する転送電話サービスの在り方」答申(案)への意見及びこれに対する考え方
https://www.soumu.go.jp/main_content/000574538.pdf

5.レンタルオフィスでクラウドpbxは利用できるか

例えばレンタルオフィスで起業し、固定電話番号を利用したクラウドpbxすることを予定している場合、既にレンタルオフィス側で用意している(ことが多いと思われる)自前のインターネット回線とは別に、利用者が光回線を引くよう求められるため、オーナーとの調整が必要になります。
また、新規に光回線を引く場合、光回線の設置工事のコストがそれなりにかかることが予想され、コスト面も課題になってくるように思われます。

6.クラウドpbx事業は戦国時代

2023年現在、クラウドpbxは携帯電話会社のように大手数社の寡占状態ではなく、様々な業者が乱立している状況になっていると感じられます。また、大手通信会社の子会社のように、ブランド力の強い会社を見つけるのが意外と難しいと感じました。更に、プランや料金水準も、携帯電話会社のように横並びではないため、料金体系の確認や業者の選定は慎重にすべきと考えます。

7.総務省の規制の趣旨に反するのではないかと感じた会社も

当方が実際にやりとりをした業者の中には、「03番号を使用したい場合でも、光回線を引くことは不要である、そのため初期費用はかからず、ウェブ上で設定さえ行えば利用開始が可能である」という説明を行っていた業者がありました。初期費用がかからない理由は、自社で自前の回線をもっていてそれを使用しているため、ということでした。

詳細は確認していないものの、おそらくこの業者は「固定端末系伝送路設備の一端が、利用者の活動の拠点に設置されていること」という要件について、「固定端末系伝送路設備の一端」を、東京都内にある業者自身のオフィスに設置することでクリアし、当該オフィス内の固定端末系伝送路設備から利用者に対して転送を行うことで、この要件を満たしているという立場をとっているのではないかと推測します。

しかし、既に述べたとおり、実際の発信元が実態とあっていない場合による不利益を懸念して規制が設けられていることから、この対応は総務省の規制の趣旨に反する疑いが高いと考えられます。
実際、別の業者にこの業者から受けた説明について話したところ、それは国の規制を考えるとグレーな対応ではないかというように教えていただいたこともありました。

8.疑わしい業者との契約はリスクも

上記のとおり、初期費用がかからないことを謳う業者はいくつかありますが、国の方針にあった運営をしているか、可能な範囲で確認した方がよいと思います。

もしこのような業者と契約してしまうと、当該業者が行政処分を受けた場合、電話番号が突然使用できなくなり、場合によってはビジネスとの関係で大きな支障が生じ、取引先からの信用を失うことに発展するリスクも考えられます。

9.まとめ

クラウドpbxの導入を検討する中で、固定電話番号がこれまで積み上げてきた信用性、有識者が既に5年以上前に議論し手当をしていたこと、業者の乱立とリスク等について考えさせられる貴重な機会となりました。結局、今回当事務所では諸般の事情を鑑み導入は見送りましたが、固定電話番号の信用性について考えながら、依頼者の皆様との連絡をいかにすれば最もスムーズに行えるかについて、引き続き検討をしていきたいと考えております。